遺書に名前を 密室脱出法の実演五
そんなことを話していると、客が集まり始めた。ただでさえ今夜はむしっとするので、リカちゃんはクーラーの設定温度を少し下げた。でも俺は、多少暑いぐらいが好きなんだが。
まずバディが、そして不思議が、それぞれ三十分のステージをつとめた。
次いで俺がステージに上る。ちょうどその時に、倉井がギターケースを下げて店に入ってきた。歌い始めた俺に目礼して、なじみの客に会釈して、バディと不思議の隣に座る。
ここんとこ事件にかかりっきりで、新しい曲は用意できていなかった。
殺人とか、血腥いことが頭から離れていないのか、こういう歌い出しの曲を最初に選んでしまった。
空飛ぶ死体 笑う狼
爛れた三日月
魔女と悪魔の宴が始まる
そんな趣味の悪い絵が
飾られている JAZZ BARで
G(ゲー)でブルースをやろうよ
乾いた瞳 紅い爪先
どぎついおっぱい
すみっこで飲んでる女がいるだろ
俺のギターでもう一度
泣かせてみたいヤツだから
A(アー)でブルースをやろうよ
もういないよ ここには
あいつはいないよ
エジソンの発明した
電気椅子で焼かれたらしい
下品なセリフ 煙る灰皿
コインの囁き
サクッとナイフでカードを封切る
夜毎飽きずに繰り返す
ブラックジャクのBGMに
G(ゲー)でブルースをやろうよ
なんだか練習不足の割には、指は滑るように弦の上を行き来するのが、意外な感じだ。ただ、声は少々出づらかった。
またリカちゃんには、今の歌詞に出てきたような絵が飾られている。すると、どぎついおっぱいの女って私のことと、ママに聞かれて困ったことがある。実はそうなのだ。
続けて二曲オリジナルを演ってから、ストーミー・マンディ・ブルースを渋く決める。 ディープなブルースの名曲だけど、実は?&ミステリアンズというメキシコ人の六十年代ビート・バンドのカバーを聴いて、レパートリーに入れたことは、俺の秘密である。
そしてラストは、誰でも知っているスタンド・バイ・ミーで盛り上げて、ステージを下りた。
俺はギターをケースにしまい、店の隅に立てかける。自分の席に座って、おしぼりで額を拭う。ママが作ってくれたハイボールを一口含む。見ると倉井はステージの上でチューニングをしている。
「じゃ、歌います」と、マイクに向かってぼそっと言ったかと思うと、ギターをかき鳴らし、あの独特の暗くて気味の悪い世界を弾き語り始めた。
ナメクジを食べたことがあるかい
にがい にがい にがい
ヤスデを食べたことがあるかい
にがい にがい にがい
という、白髪鬼という歌や、
君の中で僕はぶよぶよ太り出す
炭酸を出しながらぶくぶく腐り出す
という、胎児の夢という歌や、はっきり言ってハイボールにあわない歌が続く。ただ、倉井の歌がいいという下手物もいて、よく聴きに来る物好きな客も意外と多い。
「次の曲はオリジナルではありませんが、聴いて下さい」
そして、どこかで聞き覚えのあるギターリフを繰り返す。ああ、あの時(狂楽堂にレコードを売りに行く前に倉井の部屋に行ったとき)、レコードを聴きながらコピーしていた曲だな。
テレビニュースも新聞も 同じ話題の繰り返し
…
ええっ!
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